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東京地方裁判所 昭和43年(行ウ)164号 判決 1971年5月17日

原告 民族歌舞団わらび座

被告 川崎南税務署長

訴訟代理人 山田二郎 外五名

主文

被告が原告の昭和四一年五月分入場税につき昭和四二年四月二八日付をもってした決定はこれを取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

原告は主文同旨の判決を求め、被告は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二請求の原因

一、被告は昭和四二年四月二八日付をもって原告の昭和四一年五月分入場税額を五二、八八〇円とする決定をなし、その通知はその頃原告に送達された。

二、原告は右決定を不服として同年五月二六日被告に対し異議申立てをしたところ、右申立ては審査請求とみなされ、昭和四三年五月一三日東京国税局長からこれを棄却する旨の裁決をされ、原告は同月三一日その裁決書謄本の送達を受けた。

三、被告のした右決定は、昭和四一年五月一七日川崎市立市民会館で公演された「おれたちの山」ほかの演芸が原告の主催によるものであるとし、原告を右公演により入場者から領収した入場料金の入場税納税義務者としたことによるものである。

四、しかしながら、右公演はわらび座いちよう座合同公演川崎実行委員会の主催によるものである、また、かりに、原告の主催によるものとしても、入場税法上納税義務者は個人または法人に限られるところ、原告には法人格がないものであるから、原告に入場税の納税義務を課するのは租税法律主義の建前から許されないといわなければならない。

したがつて、右いずれの理由によつても、被告の右決定は違法であるから、その取消を求める。

第三被告の主張

(請求原因に対する答弁)

原告主張の請求原因一ないし三の事実は認めるが、同四については争う。

(抗弁)

一、原告は、昭和二六年原太郎、横山茂および雨宮すえ(現在いちよう座の座員)によつて結成され、当初「第二海つばめ」の座名で東京の新宿、渋谷等において労働者を対象とした公演活動をしていたが、昭和二七年七月「ポプラ座」昭和二八年六月現在「わらび座」に座名を変更し、全国各地を定期的に巡演している歌舞団であり、規約を有し、座員および研究生を構成員とし、座の運営、活動の基本方針等団体の意思を決定する最高機関として総会があり、総会の意思決定に基づきこれを遂行する機関として運営委員会(昭和四一年五月の規約改正後は総委員会)が置かれ、原告の活動はすべて右のような機関によつて決定され、執行されることが確立されており、その構成員の増減変動とは無関係に同一の団体として維持、存続しているものであるから、原告はいわゆる人格なき社団である。

ところで、原告は、昭和四一年五月一七日川崎市立市民会館において「おれたちの山」ほかの演芸を催し、その際入場者二、三二七名から入場料金(税込)として一人当り二五〇円、総額五八一、七五〇円を領収したにもかかわらず、その入場税につき納税申告をしなかつたので、被告は、原告に対し、原告主張の入場税賦課決定処分をしたのである。

二、被告が右催物の主催者を原告と認めたのは左記理由による。

原告は昭和四〇年にその創立一五周年記念行事として「いちよう座」との合同による「おれたちの山」、「豊作をよぶ大鼓」の全国公演を企画、実行していたものであり、川崎市立市民会館における右公演も右の記念行事の一環として行なわれた都市公演活動の一つであつた。

ところで、原告は、その公演に多数の観客を動員するため、公演活動の基本方針として原告主催の公演を労働組合等による実行委員会主催の形式をもつて行なう方針をとつており、川崎市立市民会館での右公演も、形式上はわらび座いちよう座合同公演川崎実行委員会主催となつているが、その実体は原告の関係者によつて構成され、労働組合等の実質的な参加はなく、わずかに二、三の者が原告の補助にあたつたものでしかなく、また、その委員長とされた三井三郎にしても、原告の代表者である原太郎と旧知の関係にあつたことから、単に名目上委員長になることを承諾したにすぎないのであつて、右実行委員会が独自の組織をもち、右公演を企画、主催したものではない。現に公演会場の川崎市立市民会館の借受は、他の一連の都市公演の場合と同様に、原告の座員により原告の責任においてなされたものである。

そこで被告は、右公演は原告の企画、主催によるものであり、右実行委員会はその実体、活動内容からして原告主催の公演を成功させるため労働組合等の組織力を利用して観客を動員することを目的とした形式的な名目上のものにすぎないと認めたのである。

三、ところで、原告のような人格なき社団には権利能力が認められていないが、他方その構成員とは別個の独立した社会的存在として認められ、実際には人格のある社団と同様の社会的活動をしているので、そのような実体を有する人格なき社団に対し個々の実定法によつて特定の法律関係につき権利義務の主体となりうる地位を附与することは可能である。

これを入場税法についてみるのに、同法上納税義務の主体として特に人格なき社団を除外する旨の規定はないばかりでなく、入場税の性質に照らせば、同法上の納税義務者には法人、個人のみに限らず、人格なき社団も含まれる趣旨に解すべきである。このことは、入場税法第八条(免税興行)に規定する別表上欄において主催者として「児童、生徒、学生又は卒業生の団体」または「学校の後援団体」もしくは「社会教育関係団体」など通常人格なき社団であるような団体を掲げ、人格のない社団であつても本来入場税法上の納税義務者であることが明記されていることによつても明らかである。

したがつて、原告を入場税の納税義務者とした点にも違法はない。

第四被告の主張に対する原告の反論

一、わらび座いちよう座合同公演川崎実行委員会は、被告主張のような観客を動員するための形式的な名目上のものではなく、その実体はおおよそ次のようなものである。

昭和四一年三月二三日川崎文化会議等川崎を中心とした一四の団体によつて、自らの手によるわらび座いちよう座合同公演の川崎公演を開催するためのわらび座いちよう座合同公演川崎実行委員会準備会が発足し、同地域の労働組合、文化団体等の団体および各個人に対し働きかけがなされた結果、同年四月六日わらび座いちよう座合同公演川崎実行委員会第一回実行委員会が開かれ、準備会の進めてきた方針等が承認され、同時に実行委員会の組織、活動方針予算等の決定、事務局、事務所の設置、会報の発行等その組織と活動の基盤が定められ、組織活動、宣伝活動が開始されるに至つた。

そして、右実行委員会の委員長には三井三郎が、また事務局長には渡辺定市が、さらに千葉緑朗外一名の者が専従の事務局員となり、最終的には二〇〇以上の労働組合、文化団体等の参加があつた。

右実行委員会の活動はすべてこれに参加した団体、個人の討議の積重ねによつて決定され、会員の組織編成、宣伝用ポスターの掲示、チラシの配布、スライド・テープ等を使用した小集会の開催、会員券の作成、配布、会費の集約、会場の設営、管理等すべて参加者によつてなされ、また、公演会場の費用、ポスター、チラシ、スライド、テープ等の宣伝用品の購入、製作費用、事務所の賃料、事務諸経費、事務局員に対する人件費等の負担はもとより、公演に関する一切の収支決算は、すべて右実行委員会の責任においてなされたものである。

右のとおりであるから、右実行委員会が単に形式的な名目上のものにすぎないとの被告の主張は誤りである。

二、原告は、右実行委員会との出演契約に基づき、出演したにすぎない。

原告は、昭和四一年四月二六日右実行委員会との間で出演料を一八〇、〇〇〇円、交通費および荷物運搬費を四〇、〇〇〇円とし、雑費および宿泊費は右実行委員会の負担とするとの約束で、同年五月一七日川崎市立市民会館に出演する契約を結び、右契約に従つて出演したまでである。原告は、そのほか右実行委員会に宣伝用スライド一本を二、三〇〇円で売却しているが、その他右公演についてはなんら関与していないのである。

三、原告主張の公演活動における実行委員会形式とは、被告主張のようなものではなく、全国各地において労動組合等の団体に実行委員会という団体を作つてもらい、その団体が主催者となつて原告との間で出演契約を結び、右契約に基づいて原告が出演し、原告の公演を多数の勤労者等に観てもらうというもので、形式実質ともに実行委員会が主催者であり、被告主張のような原告主催の公演の方法ではない。

また、川崎市立市民会館における右公演が原告の創立一五周年記念行事として原告により企画実行された合同公演の一つであることをもつて、直ちに原告主催の公演とみるのは誤りである。すなわち、公演方法としては、自主公演他の主催者との出演契約による公演等各場合によつて異るのであるから、原告の創立一五周年記念行事として企画された合同公演であるからといつて、一律にすべて同一の方法によつたものとみることは早計である。

第五証拠関係<省略>

理由

一、請求原因一、二の事実は当事者間に争いがない。

そこで、被告のした前掲課税処分の適否について判断する。

昭和四一年五月一七日川崎市立市民会館において「おれたちの山」ほかの公演が行なわれたこと、右公演の主催者が入場者二、三二七名から入場料金(税込)として一人当り二五〇円、総額五八一、七五〇円を領収したことは原告の明らかに争わないところであるから、これを自白したものとみなす。

そうすると、右課税処分の適否を決する争点は、右公演の主催者が原告であるか否かの点と原告が主催者であるとした場合に原告のような団体が入場税法上納税義務者となりうるか否かの点に帰着するので、次にまず右公演の主催者が原告であるか否かの点について判断する。

二、<証拠省略>によれば、原告は原告の公演に広範な勤労者等の結集をはかるため公演活動班を組織し、また、公演方法として実行委員会方式による公演活動をしていたものであること、わらび座いちよう座合同公演は原告の代表者原太郎の提唱により原告の創立一五周年記念事業として企画されたものであり、「おれたちの山」、「豊作をよぶ大鼓」は右記念事業のだしものとして組まれたものであること、川崎市立市民会館における前記公演は右記念事業の一環として行なわれたいわゆる都市公演の一つであつたこと、川崎市立市民会館において右公演が行なわれるにあたつては、川崎市在住の主として音楽演芸等を愛好する労働者の団体である川崎文化会議等に対する原告の座員牧野嘉代子の働きかけがあり、それが契機となつて行なわれたものであること、公演会場の使用申込は右牧野がしたものであること、同使用申込書に記載された申込者の住所、電話番号は原告の東京事務所の電話番号であることがいずれも認められ、また<証拠省略>及び弁論の全趣旨よりすれば、右都市公演のうちには、例えば昭和四一年九月二五日八王子市民会館において行なわれた公演のように、原告主催の公演とみられるものもあることが認められるので、これらの事実からすれば、一見川崎市立市民会館における前記公演も、原告の主催によるものであり、原告主張のわらび座いちよう座合同公演川崎実行委員会は単に観客を動員するための名目にすぎないかのようにもみえないではない。

しかし、<証拠省略>によれば、次の事実が認められる。すなわち、

昭和四一年三月初め頃原告から川崎市においてわらび座いちよう座合同公演を行ないたい旨の申出を受けた前示川崎文化会議では、当時川崎市にいわゆる労音、労演といつたものがなく、右合同公演の開催を契機に労音、労演の結成をはかる趣旨からも原告の申出に応じることとし、同月二三日これに賛同した京浜協同劇団、東海労音、横浜労音等一四の団体の参加を得てわらび座いちよう座合同公演川崎実行委員会なる団体を結成するための準備会がもたれ、その後労働組合等に協力のよびかけが行なわれ、同年四月六日わらび座いちよう座合同公演川崎実行委員会の第一回実行委員会が開かれ、そこで右準備会において予め決められていた右合同公演の開催、日時、場所、予算等の承認がなされたほか、事務局および事務所の設置、活動方針等が討議、決定され、代表機関として委員長が、また事務局長外二名の専従事務局員からなる事務局および普及活動の各地域別責任者等が置かれ、右委員長には昭和石油川崎製油所労働組合委員長三井三郎が、事務局長には川崎文化会議の事務局長渡辺定市が、また専従事務局員には鈴木緑朗外一名が選任され、ここにいわゆる人格なき社団としての実体を有する川崎実行委員会が発足したが、これらの役員はいずれも原告の座員ではないこと、右川崎実行委員会は、右のような組織のもとで独自の会報「わらび報」を発行し、また数回にわたつて実行委員会、事務局会議を開き、そこで活動の状況報告、今後の活動方針等の検討を行ない、その方針にそつて活動していたこと、会員券、宣伝用ポスター、ステツカー、チラシの調製および配布、スライドを使用した集会の開催、会費の回収、会場の設営、管理等はいずれも右川崎実行委員会によつて行なわれ、原告はこれらのことになんら関与していなかつたこと、公演会場の使用料、ポスター、ステツカー、チラシ、会員券等の製作費、スライド購入費、事務所の賃料、その他事務諸経費(電話代、光熱費、事務用品費等)、専従事務局員に対する給与等もすべて右川崎実行委員会の負担によつてまかなわれいたこと、昭和四一年四月二六日原告の座員牧野嘉代子が原告を代理して右川崎実行委員会を代表する事務局長渡辺定市との間に、出演料を一八〇、〇〇〇円、交通費および荷物運搬費を四〇、〇〇〇円とし、雑費および宿泊費は右川崎実行委員会の負担とする約束で原告が同年五月一七日川崎市立市民会館において出演する旨の契約が成立したこと、右牧野が前示認定のように公演会場の申込をしたのは、右川崎実行委員会が同人に公演会場の使用申込の手続を依頼したことによるものであること、右公演後の同年五月三一日第五回実行委員会が開かれ、右公演に関する川崎実行委員会の活動の総括と決算報告がなされ、右公演の収支はすべて川崎実行委員会の責任において処理されたものであること、以上の事実が認められる。

そうすると、右認定の事実に徴すれば、右川崎実行委員会は公演を主催する意味での主体性を有する団体であり、右公演の企画、実行は同委員会によつてなされたものと認めるのが相当であり、したがつて右委員会は観客を動員するための単なる形式的な名目上のものにすぎないとの被告の主張は理由がないといわなければならない。

してみれば、右公演の主催者は原告ではなくしてわらび座いちよう座合同公演川崎実行委員会であるというべく、右主催者が原告であることを前提としてなした被告の前掲課税処分には事実誤認の違法があるから、その余の争点について判断するまでもなく、右処分は取消を免れない。

三、よつて、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 高津環 小木曾競 海保寛)

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